進化論と創造論その2
礼拝メッセージより 2001年 5月27日 豊橋恵みバプテスト教会にて
創世記3章8−19節

1.人間の祖先としてアダムは造られました。
旧約を読む時に最初に驚くことは、神が天地万物を造られたこと。
進化論は否定されている。あらためて進化論を学ぶと、多くの疑問点ばかり。
進化論を唱えたチャールズダービンでさえ、晩年にはそれを否定した。
また最近の遺伝子の仕組みが解明されるにつれて
進化論はとても窮地に立たされている。

@進化論では突然変異によって進化してきたという。
 突然変異は、10万回に1・2回の割合でしか起こりませんが、
そのほとんどのものが機能障害をきたしていて、突然変異の
積み重ねによって退化はしても、進化はしないことがわかります。

A種の保存
 同じ種類の中での変種(A1とA2) 、または (B1とB2) は
進化ではありませんし、A種がB種になることは絶対ありません。
メンデルの遺伝法則からも明らかで、犬にはいろいろな変種ができても、
犬から猫は生まれません。
 進化説では、進化と変種を混同しており、変種ができているうちに
別の種類のものになるだろうと、思い違いをしているのです。
 生物実験で、A種の卵子に、A種に最も近いB種の精子を
結合させようとしても、種類が違うと、精子は卵子の中に
入ることがどうしてもできません。それで、人工的に卵子の外膜を
取り除いて精子を中に入れても、精子は死んでしまいます。
 犬と猫や、牛と馬を交配させても子はできません。
人に対して、チンパンジーやサルでも同じことです。
血液も、染色体も違うからです。

B生命のない物質からは生命は発生しない
 最近、分子生物学の研究が進むにつれて、生命のない物質から
生命が発生するということは、何十億年かかっても起こり得ないことが
わかってきました。これはパスツールの実験でも明らかです。

C無性から有性に変わることはありえない
 細胞分裂して増えるものが性を突然持ち出すことない。
雌と雄によって子供が出来るためには、雌も雄もそれぞれの生殖器官が、
同時にしかも双方がすぐ近くで、完全に子供の生めるものに
変化しなければなりません。そのような変化が双方同時に起こるとしたら、
進化は奇跡以外の何ものでもありません。

(山形大学工学部元講師:月岡世光 トラクト「創造か進化か?」より一部引用)

 そういうわけで、進化論の最近の傾向として生命は
自然発生は無理なので宇宙から飛来してきたという節が急浮上。
と言うことは人間はみなエイリアン。宇宙人ということになる。
宇宙でも生命の誕生は無理。
そんなとても信じられないような進化論を信じるよりも、
聖書の記事にあるように神が天と地を造られたという言葉を信じたほうが
理にかなっている。
そして確かに神がこの天地を造られたという状況証拠はたくさんある。

2.罪のはじまり 3章1-6節
 神さまは人間を完全に造られた。
すべての環境を整え、すべての支配者として人間を造られた。
しかし、アダムは神の命令に背き、罪を犯した。
なぜなら、彼には自由意思があったから。
それで人間の世界に罪が入り、人は苦しんで生きる者になった。3章16-19
 しかし、神は、私たちを回復させたいと望まれ、救いの計画を示される。
それは、救い主キリストを与えること。
そのため、神は時代時代において、啓示と幻を見させ、預言させ、
歴史を動かしてこられた。キリストが身代わりとして十字架にかかり、
死なれる事により、私たちの罪が赦されることを。

3.アダムはキリストの雛型である。
ローマ5:12−14節
どう言う点で彼は雛形か・・・人々を支配したという点。
彼によって罪が世界に入り、人々の中に罪の支配をもたらした。
同様に、キリストは、その完全に正しい行いによって、人々に命を与え、
恵みの支配に入れる。イエス・キリストを信じる者は、罪の支配から逃れる。
キリストの支配の中に入る。ローマ5:16-18節

進化論、創造論という事、もう一度、自分自身で学んでみてほしい。
その時に、必ず、神がこの天地を創造されたことを確信できると思う。
そして、アダムの子孫として生まれた私たちに、
神はキリストを通して救いを与えられていることを確信してほしい。