一、緒論
ヨブ記は聖書の中で特別な立場をとっています。時代的背景が全くない書だからです。多くの聖書学者の意見では、族長時代というのが大方の意見。つまりアブラハムの時代です。しかしはっきりとしたことはわからない。ですから聖書をまとめる際にもどこに入れてよいか分からないのでエステル記と、詩篇の微妙な間に入れてあるようです。しかしこの書が取り扱っている内容は重く、そしてそこに記してある会話には、この世にある災いや試練、不平等に悩む人間の心の叫びと、その中で信仰を持とうとする人間の苦悩の言葉がある。
ヨブは幸せを絵に書いたような人であった。1:1−3 大富豪であり、家族は仲がよい。そして5節に書かれているように、彼は家族の中にあって祭司の務めもしていた。
二、第一の試練
天のおける神とサタンの会話・・・サタンの働きがわかる数少ない箇所の一つ。1章6−12節 サタンはその名前の意味のとおり、「告発する者」である。あなたが罪を犯すとき、喜んでいるのがサタン。〔なぜ神はサタンの存在を許されているのか?・・理解に苦しむ問題である。〕会話の結末は、ヨブが信仰を試されることになる。すべての持ち物、そして家族まで奪い取られる。
しかしヨブの言葉に教えられる。
1:20 このとき、ヨブは立ち上がり、その上着を引き裂き、頭をそり、地にひれ伏して礼拝し、1:21 そして言った。「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」1:22
ヨブはこのようになっても罪を犯さず、神に愚痴をこぼさなかった。
物に対する執着心を私たちはどうしても持ってしまいがちである。やっと手に入れた高価なもの、ずっとほしかったもの、収集しているお気に入りのもの。しかしそれがきっかけで人を傷つけたりしてしまう。
◎たとえば車の場合、安く手に入れた中古車なら、バンパーくらいぶつけられてもなんともない。しかし高い新車を購入したらどうでしょう。ちょっとぶつけられてもひどく怒る。
◎大切な結婚指輪を自分がなくしたら落ち込んでしまう。もしあなたの子供がそれをなくしたら怒るでしょう。自分のせいなら、落ち込んでも気を取り直し、また指輪を買えばいいかと思う。間違ってもまた結婚しなおそうとは思わないでほしい。・・・・物に対する執着心のために、私たちは平気で人を傷つけてしまう。物にとらわれないでください。人間は罪びとです。神の前に私たちは到底受け入れられない罪びとです。しかし、そのような弱い私たちを神は愛し、救いに導こうとされている。感謝な事。
三、第二の試練
2章ではサタンの言葉は、「ヨブにとっては自分自身に災いが降りかかっていないのだから、神をのろうことをしないのであって、もし自分自身に災いがあれば神をのろうでしょう」という。2章4節
持ち物には代替品がある。自分が助かるためには人は持ち物すべてを捨てるものである。つまり自分さえ助かれば人は感謝するものだとサタンは告発。そのため、ヨブはもう一度、試練を与えられる。悪性の皮膚病で打たれた。サタンがヨブに与えた皮膚病は、想像を絶する恐ろしい病気でした。私も皮膚のかゆみのため悩まされる。しかし薬を塗っていればよくなる程度のもの。それでもかゆみのため集中できなかったり、やる気が出なかったりしてしまう。ヨブの場合はひどいもの。2章8、12節 7章5節
彼の友達も見舞いにやってきたが、あまりにもひどい状態のため、声をかけることすらできなかった。
教会の働きをしていると、相談に来られた方の話を聞くと本当にひどい悩み、苦しみを抱えておられる。なんといったらいいかわからない。「祈りましょう」さえ言えない時もある。・・・・ヨブの苦しみの激しさが想像できる。
それでもヨブは神をのろうことはなかった。奥さんに対する優しい言葉→2:10。しかしこの後、ヨブは自分の生まれた日をのろうことから始め、神に理由を問い始めた。『どうして正しいものが苦しめられ神に打たれるのかと』
四、理不尽な社会の中で
確かに私たちの住むこの社会には理不尽なことが多すぎる。天災で多くの人が亡くなる。犯罪者によって何もしていない人が殺される。つい先日の列車事故のように100名以上の人の命が一瞬に失われる。社会で正直者はバカを見るという社会。やましいことを重ねて大企業になった会社が多い。夢を売るディズニーランドを経営している会社さえ暴力団と関係していたと報道された。優しいだけでは生きていけない社会。そのような社会の中で、クリスチャンが信仰を持ち続けるのは大変なこと。苦しみのあまり、『どうしてですか』と神に問うときがある。その理由を理解したとしても『いつまでですか?』と問う。このような質問を私は何度もしましたし、おそらく、神を信じるすべての方々はしてきた問いかけでしょう。
その答えとなりうる言葉をヨブ記の中に見つけた。
37:13 神がこれを起こさせるのは、懲らしめのため、あるいは、ご自身の地のため、あるいは、恵みを施すためである。
災いや試練の目的は、ひとつは懲らしめのため。親が子をしかるように父なる神もあなたをしかられ懲らしめられる。ひとつは大雨によって土地が潤うと同じようにあなたも必ず潤うようになる。鉄が打たれて強くなるのと同じ。ひとつは恵みを施すため。神はあなたを祝福しよう恵みを与えようと計画されている。
パウロはこのことを知って、次のように書いた。
ローマ5:3 そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、5:4 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
そして忘れてはいけないのは、理不尽な苦しみと死を受けられイエス・キリストが私たちの救いとなられたこと。キリストが受けられた刑罰はご自分の罪のためではなかった。神に背を向けて歩いていた私、あなたの罪のためです。こんな不公平なことがあるでしょうか?自分の罪のために苦しむのなら分かるが、他人の罪の代償を払わされることほどつらいことはない。神は私たちが死を持って払わなければならない罪の代償をひとり子のイエス・キリストに負わせた。そんな理不尽な十字架の苦しみを通して、神の救いが与えられている。
クリスチャンの皆さん、自分はなぜ苦しんでいるのかと問うなら、なぜキリストが苦しまれたのかを考えてください。そうすれば答えは見えてくるはずです。聖書には、試練を勝利と変える秘訣が書いてあります。
また未信者の方に心からお勧めします。聖書を読み、神の御心であるキリストの十字架を信じ救われてください。そこから本当のあなたの人生は始まります。
資料
※東京ディズニーランドなどを運営する「オリエンタルランド」(千葉県浦安市、加賀見俊夫社長、東証1部上場)が、元指定暴力団幹部の右翼団体幹部と関係が深い不動産会社に、オリエンタルランド本社ビルなどの清掃業務を84年から毎年1億800万円で委託していたことが分かった。不動産会社は業務を大手ビルメンテナンス会社に“丸投げ”し、毎年4000万円以上の利益を得ていたとみられる。
JR尼崎脱線事故 今回の事故で死亡した乗客106人(死亡した運転士を除く)と10日時点で入院・通院中の540人を合わせると646人になる。 この事故後、広島市でJRの線路上に自転車を放置したとして、25歳の男が逮捕。男は現場近くで4件続いた自転車放置事件への関与も認めていて、「尼崎の列車事故が面白くてやった」と供述。※